壊れ物

0. 夢

 夢を見た。高校と大学の知り合いが入り混じった同窓会の夢。先生に再会する。高校2年生の時の担任だ。同窓会では沢山の人が来ていて、酒を飲んだりつまみを取りながら馬鹿騒ぎをしていた。その会場は大きな宴会場のようで、私は居場所も話せる知り合いもいなくて、入り口の障子の前から動けずに、突っ立ったまま中の様子を伺っていた。宴会場はオレンジの室内灯に照らされてぼんやりと明るかった。私の立っている廊下は薄暗くて、まるで映画館で映画を観ているような気持ちだった。担任がふらりとその会場から出てきて、私の横をすり抜けて隣にある宴会場より一回り小さい会場へと入っていく。今いた場所よりグレード落ちしたような小規模な会場だ。私は少し間を置いて、彼に着いて、その部屋へと入った。彼は部屋の奥の窓際で煙草を吸っていた。私は無言で彼の隣に座って煙草を咥える。彼も無言のまま窓を開けて、2人で煙草を吸う。窓の下では、泥酔した男女が馬鹿みたいに笑いながらはしゃいでいた。その様子を2人で言葉もなく眺めていた。煙草の煙をゆっくりと吐き出して、彼は窓下を見たまま「俺がどんな気持ちで卒業アルバムにあのメッセージを書いたのか、お前には分からないだろうな」と言った。私は自分の卒業アルバムに書かれた担任のメッセージを思い出すフリをする。確かによく分からない詩のようなメッセージだったと納得する。でも現実の私は高校の卒業アルバムの寄せ書きをする日に学校には行かなかった。卒業式の前日に行われる毎年恒例のイベントのようなそれに、私は行けなかった。夢から覚めて、私は納得したはずの彼からのメッセージを全く思い出せずにいた。そもそもそんなメッセージなど無かったのだから思い出せるはずなどないのだけれど。

 

1. 光

 匂いには記憶が付随するとよく聞くが、それはどうしてなのだろう。嗅覚を記録する媒体が、自身にしか無いからなのだろうか。私が1番最初に暮らしていた家は、田舎を絵に書いたような場所で、周りは田んぼに囲まれていて町内にコンビニやスーパーは無かった。聞こえてくるのは、風の音や隣家の子供の声ぐらいで、他にはたまに通る車やバイクの音くらいだった。私は自分の部屋から、何もないおかげで遠くまで見通せる景色をずっと眺めていた。そんな静かな場所では、光にすら音を感じれるような気がした。サラサラしてたりキラキラしてたり、それが音なのか何なのか分からなかったけれど、手に取ろうとしてもすり抜けてしまうそれに、私はずっと耳を澄ませていた。あれも匂いを発するのだろうか。ときどきふとした瞬間に、あのサラサラやキラキラが私の前をスッと過ぎ去ることがある。今住んでいる場所では、一歩外に出ると本当に多種多様な音が私の周りを支配している。私はまだこれに慣れずにいる。思い出したように通り過ぎる光の音だけが、私を今ここに繋ぎ止めているように思う。ぼんやりと、もうここはダメかもしれないと気づき始めた。この場所が悪いわけじゃない。関係してきた物事が悪いわけじゃない。私自身が、ここで失ったものや間違ったことの精算を終えたら、私は帰ろうと思う。思い出をくれてありがとう。でも、もう疲れた。

 

2.かくれんぼ

 私が鬼だ。目を閉じて「もういいかい?」と大きな声で叫ぶ。「まーだだよ」と何処からか誰かが返事をする。閉じた視界は真っ暗で、顔を覆った手を開いた瞬間に立ち現れる世界のことをずっと心待ちにしている。いつもこの時間に心は緊張と期待と興奮を感じていた。あの頃も同じで、知らない場所や環境に不安を抱きながらも、閉ざされた世界から放たれることをただ願っていた。「まだだ」と言う声は、これから出会うだろう環境や感情や人間で、在るはずのそれらを見つけるために私はじっと目を閉じて耳を澄ませていた。実際に見える世界なんて、目を閉じる数分前に見ていた世界と同じもので、何も変わることなんてないのにね。それでも「まだだ」という声がするたびに、私は目を閉じて期待する。でも何かを擦り減らしていくうちに、その声は「まだ頑張れる」「まだ何かある」と耳元で囁く自分の声へと変わっていった。「もういい?もういい?」と顔を覆った手から涙が溢れ落ちていく。「まーだだよ」と声がする。待つことにも期待することにも疲れた私は、そっと手を下ろして辺りを見渡す。誰もそこにはいなくて、変わらない景色が当たり前のように在り続けるだけ。私は一体なにがしたかったんだろう?幼少期の頃に一緒にかくれんぼしていた友達の顔も今ではもう思い出せない。

 

3. 螺旋の上で眠る

 記憶とは螺旋だ。グルグル渦巻いていて、行ったり来たりしてるうちに、どちらが向かうべき場所なのか、来たはずの場所だったのか分からなくなる。どこまで続いているのかも分からず、目眩のするような光景に辟易して立ち止まろうとも、上にも下にも同じ螺旋が渦巻いている。