僕たちに明日はない

0. 温度

馬鹿みたいな町だと思った。馬鹿が作ったみたいな町だ。どこも画一的で代わり映えのしない毎日によく似合う。景色にそっと切り込みを入れたら、この町が偽ってきた何かが溢れ出すのだろうか。人間みたいに赤い血がドロドロと流れ出すのだろうか。でも、残念。私はこの景色のどこにも触れることができない。この町のどこにも溶け込みたくないと思っているはずなのに、依然として透明になろうとする。

 

1. 音

じりじりと音が心臓に響く。きっとこれを人は痛みだと呼ぶのだろう。私の耳について離れない音は全て、私を排除しようとする言葉だった。「お前なんていらない」と言われ続けて生きてきた子供はどんな人間になるのか。私にとっては、その言葉だけが全てで私を構成する核。あの痛みが忘れられなくってさ。まだ足りない。あの痛みには足りない。病気を理由にして触れるとこも抱き締めることも許してくれなかったあの人が、他の人に愛を求めていたことなんて。その拒絶を愛として受け止めることしかできなかった私なんて。

音が止まらない。時計の秒針の音にも聞こえる。きっとこの音が止まると死ぬのだろう。だから私には痛みが必要。受け入れられないことも愛されないことも自傷行為も、あの頃の私と一緒にいた全てが今の私には無くてはならないものになった。私はこんな人間になった。

 

2. ver4.1.1.32

私は自分の容姿も性格も好きではない。醜いとすら思っている。「お前は誰だ」と鏡に向かって話しかける。昔の私は鏡の中の自分だけが話し相手だったから。わたしはわたしになりたくなかった。だから繰り返し繰り返し、鏡の自分を責め続けた。そんなことをしていると不思議と自分が誰なのか分からなくなっていった。鏡に映る自分であるはずのものは、別の人格を持った何かに変わった。責める私が本当の私なのか、責められる私が本当の私なのか。どちらも私であることに変わりはないのに、その両方を背負うことは、あまりにも苦しかった。

好きだった女の子のブログを読む。5年前に更新の止まったそれに、私はアクセスし続ける。終わりの始まりがあるとは思わない。そこに在る。だから読む。ただそれだけ。

高校のときに書いた文章が、なぜか選ばれて配布資料の片隅に載せられていた。今まで話したことのなかった副担任に「尊敬している作家の作風に似ていて、とても好きだ」と言われた。ぽつりぽつりとした学校に行けなかった私は、もちろん副担任の授業なんて(受験に必要ないので)まともに受けたことなかった。それから学校で会うたびに彼は特別な意味の混じった笑顔を私に向けるようになった。私はその顔が忘れられない。私ではなく、私の向こうにある誰かに向けた笑顔だったから。でも私は不思議と安心した。何かの代替物であるとこに安心した。尊敬も信頼も愛も病気だと思っている。病気にかかっている間は頭も朦朧として思考も鈍るのでしょう。治るまででいいから。私という影武者に気づくまででいいから、その刹那的な瞬間だけでいいから、私がいることを実感させて欲しい。

透明人間の私は、誰かの陰に入らないと色がつかない。真っ黒で輪郭も朧気な姿。それ以上でも以下でもない。

今あの副担任に会うことがあれば「あなたの尊敬する作家ってすごくダサい文章書くんですね」と言いたい。